元佐伯郡役所奉安庫(明治天皇御用品奉置殿)

はじめに
 廿日市市天神地区の旧西国街道沿いに廿日市招魂社があり、その右手には明治天皇御駐駅遺跡とある石碑が建立されている。その脇には明治天皇御用品奉置殿と表示した西洋様式を思わすような小さな建物がある。
 この建物は明治天皇御用品奉置のために建てられたものと思っていたが明治天皇御駐駅遺跡碑前の碑文によると「元ト郡役所ノ奉安庫ヲ縣ヨリ譲リ受ケ」とある。また佐伯郡制誌の口絵写真の中で郡役所全景の左端に見えるのが奉安庫で細部のデザインなど明治天皇御用品奉置殿とほぼ同じであり、元郡役所の奉安庫が現存していることがわかったのである。
 昭和20年(1945)12月15日にGHQの神道指令のために奉安庫(殿)は廃止となり多くの奉安庫(殿)は解体されたが、元佐伯郡役所奉安庫は明治天皇御用品奉置殿となっていたために「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(注1)には該当しないものとして解体は免れたものとみられる。
 奉安庫(殿)をインターネットで検索すると全国的には残存しているものが多くみられるが県内には残存がみられず、広島県の近代化遺産の一覧表には一箇所の記載のみであり県内残存数は少ないものとみられる。現存している元佐伯郡役所の奉安庫を乏しい資料から紹介してみよう。

御真影、勅語謄本の広島県での守護、奉置、奉安規定
 御真影は明治天皇以後の天皇、皇后以下皇族の公式肖像写真に対する尊称であり、明治22年(1889)12月19日付けの総務局長通知(注2)では道府県立学校等にはすでに御真影は拝戴されており、高等小学校への御真影下賜について道府県宛に拝戴方が通知されている。
 広島県に於いては明治23年(1890)6月23日付の広島県知事訓令甲第四八号(注3)で「聖上皇后宮両陛下御真影守護心得」が制定されており、
一 御真影ハ新年紀元節天長節に限リ校内玉座ニ安置シ拝賀スルヲ得ルモノトス
一 御真影ハ平素不敬ノ所為ニ渉ラサル様篤ク注意スヘシ
一 平生ハ毀損ノ患ナキ神櫃ニ納メ置キ厳重ニ取締ヲナシ且当直員ヲシテ守護セシムヘシ
一 火災等ノ時ハ第一ニ奉持警護シテ三丁以外ノ場所ヘ移スヘシ
と御真影のみの守護心得として管理規定が定められている。
 教育勅語は日本教育の基本理念を体系的に表出したもので、明治23年10月30日に発布され翌24年(1891)1月13日付の広島県知事訓令甲一号(注4)では「客年10月30日教育に関シ下シタマフ勅語ノ謄本同月31日文部大臣訓示ノ趣旨ニ依リ今回同省ヨリ頒布セラレタルニ付之ヲ縣下各学校ニ配布ス就テハ教育ノ職ニ在ル者常ニ聖意ヲ奉体シ子弟薫陶上篤ク注意ヲ加へ諄々誨諭生徒ヲシテ夙夜ニ佩服スル所アヲシメ以テ該訓示ノ趣旨ヲシテ貫徹セシムヘシ」とあり県下の各学校にその謄本が交付されている。
  また同日付の広島県知事訓令二号(注5)で「勅語奉読方心得」が定められており、「勅語謄本ハ奉読当日ノ外常ニ櫃ニ納メ置キ厳重ニ取締保管スヘシ」と管理規定が定められている。
明治24年11月17日付の文部省訓令第四号(注6)で「天皇陛下皇后陛下ノ御影並教育ニ関シ下シタマヒタル勅語ノ謄本ハ校内一定ノ場所ヲ撰ヒ最モ鄭重ニ奉置セシムヘシ」と奉置規定が定められており、今までの守護や保管から鄭重な管理規定となっている。
 広島県では明治23年6月訓令甲第四八号は廃止され明治25年(1892)1月16日付の広島県知事訓令甲第一号(注7)では「天皇陛下皇后陛下ノ御影並教育ニ関シ下シタマヒタル勅語謄本守護心得」が制定されており、
一 御影並勅語謄本ハ校内一定ノ場所ヲ撰ヒ最モ尊重ニ奉置スヘシ
一 御影ハ常ニ直員ヲ置キ守護スヘシ
一 御影並勅語謄本ハ火災等ノ時ハ第一ニ奉持警護シテ危険ノ患ナキ場所ニ遷スヘシと奉置守護心得の管理規定が定められている。
 明治25年1月訓令甲第一号は廃止され明治31年(1898)1月25日付の広島県知事訓令甲第七号(注8)では「御真影並ニ勅語謄本奉置心得」が制定されており、
第一条  御真影ハ校内ニ特別ナル奉置所を設ケ若クハ校舎内にも最モ清浄ニシテ常ニ人 ノ往復セサル場所ヲ撰ヒ一区域ヲ設ケ其内に高座ヲ作り鄭重ニ奉装シ唐櫃等ニ納メ最モ尊重ニ奉置スヘシ
第二条  御真影奉置所内ニハ第五条及第九条ニ依ルノ外他ノ物品ヲ容ルヘカラス
第三条  御真影奉置所ハ厳ニ其戸締ヲナシ入口ノ上部ニハ御真影奉置所ト正書シタル札ヲ掲クヘシ
第四条  御真影ヲ拝戴セル学校ニ於テハ必ス直員ヲ置クヘシ
第五条  勅語謄本ハ鄭重ニ奉装シ御真影ヲ拝戴セル学校ニ於テハ御真影奉置所ニ御真影ヲ拝戴セサル学校ニ於テハ校舎内最モ清浄ナル場所若クハ職員室内ノ高所ニ尊重ニ奉置スヘシ
第六条  御真影並ニ勅語謄本ニハ表装等直接ニ何等ノ装飾ヲ加フヘカラス
第七条  御真影並ニ勅語謄本ノ取扱ハ校長若クハ首席教員タルヘシ但非常ノ場合ハ此限リニアラス
第八条  御真影並ニ勅語謄本ハ水火災等非常ノ場合ニハ直ニ危険ノ患ナキ場所ニ奉遷スヘシ
第九条  儀式用具中左ノ物品ハ特ニ設備シ御真影若クハ勅語謄本奉置所内ニ納メ置キ他ニ之ヲ使用スヘカラス
     奉置台  台覆
第十条  御真影並ニ勅語謄本奉置所ハ毎週一回以上其学校職員親ヲ酒掃ヲナスヘシ但酒掃用具ハ特ニ設備スヘシ
と日常管理の役割や責任分担が明確化されてより細かい管理規定が定められている。
 このように御真影や教育勅語謄本の安全適切な管理、保管のために各学校や郡役所、市町村役場などに奉安庫(殿)が設置されていった。

郡役所の奉安庫設置と郡役所廃止後の奉安庫
 佐伯郡役所の職員が三大節やその他御真影を拝賀する場合は佐伯高等小学校にて拝賀していたようであるが、明治39年(1906)9月25日に廿日市尋常高等小学校に御真影を奉戴されてからは同校で拝賀していた。(注9)
 大正7年(1918)に郡役所庁舎前庭に建坪一坪の御真影奉安庫が建築され、奉安用備品一切を調整し設備も完成したので御真影の御下賜を申請している。大正8年(1919)8月16日に御真影の御下賜があり郡会議事堂において奉戴式を挙行している。(注10)
 郡制廃止に先立って大正10年(1921)には法律で郡の営造物及び事業の処分並びに権利義務の帰属を定め、大正11年(1922)11月の臨時郡会で「郡営造物及事業ノ処分並権利義務ノ帰属ニ関スル諮問」の意見答申し、広島県に帰属するものとして広島県佐伯工業学校関係、郡役所及郡議事堂用土地建物などと共に御真影奉安庫用建物、御真影奉安用動産(備品)一切などが広島県に帰属することになった。(注11)
 大正12年(1923)3月31日に郡制は廃止されたが、郡長、郡役所はしばらく存続して大正15年(1926)6月28日に佐伯郡役所の廃庁式が行われた以降は郡役所及郡議事堂用土地建物などと共に御真影奉安庫用建物、御真影奉安用動産(備品)一切などは広島県が管理していたものとみられる。
 廿日市招魂社の地は中国地方を巡幸されていた明治天皇が明治18年(1885)8月1日に当地の岩尾沢太郎宅にて御休息されたところであり(注12)、昭和14年(1939)8月1日に篤志家の浄財でこの地を買収して招魂社、誠忠碑、元郡役所の奉安庫を広島県より譲り受けてこの地に曳き移転をして明治天皇御用品奉置殿とされたものである。
 先にも記したが佐伯郡制誌の口絵写真の中で郡役所全景の左端に見えるのが奉安庫で細部のデザインなど明治天皇御用品奉置殿とほぼ同じであり、この奉安庫を移転したことがわかるのである。

奉安庫建築について
 奉安庫は2.40メートル角の小さなものであるが頑丈、耐火性を考慮した煉瓦造で鉄製扉を設けてあり、構造上結露が心配されるために床部分両壁面に換気口を設け屋根には丸型の換気口を設けて湿気防止を図っている。
 デザインは意匠を凝らした西洋様式風の威容・威厳さの備わった外観であり、屋根は半円筒ヴォルト状の十字型で4方向のケラバには丸型の装飾文様が施され両側面と裏面にはガラリ換気口が設けてある。
 建物正面の出入口上部のまぐさ部分には角渦巻文様が施されその上部壁には植物の装飾文様が施されている。両側の柱型上部には斬新な植物装飾文様が施されており、軒下には歯状文様を巡らしている。
 佐伯郡制誌の口絵写真の奉安庫柱型上部には擬宝珠型の装飾突起が見られるが、現在の明治天皇御用品奉置殿にはこの装飾突起は見られない。ところが奉置殿の裏側にこの装飾突起の上下半分になった片側の破片が残されおり、装飾突起は直径25センチメートルで6つの花弁が表されている。
 現在の明治天皇御用品奉置殿を見ると屋根の鉄板は腐食しておりモルタルが剥落して草が生えているような状態で維持管理が行き届いていないようである。貴重な負の近代化遺産として是非とも残してもらいたい建造物である。

引用文献
(注1) 文部科学省ホームページ 学制百年史資料編 連合国軍最高司令部指令。
(注2) 国立国会図書館近代デジタルライブラリー 文部省普通学務局例規類纂第一篇 文部省 1893。
(注3) 広島県訓令 1890。
(注4) 国立国会図書館近代デジタルライブラリー 教育法規全書 広島県内務部編 1892。
(注5) 明治年間 佐伯郡教育誌資料 井上重治 1974。
(注6) 法令全書 第24巻ノ2 内閣官房局編 原書房 1979。
(注7) 広島県訓令 1892。
(注8) 広島県訓令 1898。
(注9) 廿日市町史資料編W 廿日市町 1981。 佐伯郡制誌 佐伯郡地方振興財団 藤岡徳次郎 1929。
(注10) 佐伯郡制誌 佐伯郡地方振興財団 藤岡徳次郎 1929。
(注11) 前掲注10。
(注12) 廿日市町史資料編W 廿日市町 1981。

広島県文化財ニュース 第196号 広島県文化財協会 平成20年3月31日 掲載稿より

元佐伯郡役所奉安庫の全景(明治天皇御用品奉置殿)
元佐伯郡役所前庭左端にみえる奉安庫
十の字型のヴォールト屋根正面ケラバの文様デザイン
十の字型のヴォールト屋根側面ケラバの文様デザイン
正面入口上の文様デザイン
隅柱上部の文様デザイン
廿日市の近代化遺産



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